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2014/07/18 (Fri) 介護現場から~尊厳と自尊心とプライド②

「失う事は自由になる事」なんだな~と、この歳になると思ったりして。
ま、半分真実、半分は負け惜しみですけれど(笑)

一時流行った「断捨離」の精神もそうだと思うけど(違うかも^^;)、物質が多くなると引力も増えて身動きが取れなくなる。
それは精神的物質(んな表現ないか?)である「コダワリ」や「ポリシー」や「プライド」も時に同じ。
我思う 故に我あり・・・ではあるけれど、我思った事が我を縛り付ける事があるのも事実。
んにゃ、自分を縛り付けるのは、最終的には自分の考えなのよね。

高齢者を見て「こうはなりたくない」と思わないようにしよう。

・・・というのが、介護現場で私が思っている事。

認知症の問題行動には理由が存在する・・・とは、介護の対処法の一つバリテーションの考え方なんだけど、その理由とは「その人のやり残した事」なんだそうだ。
バリテーションは、推測せず、あるがままを受け止めて、やり残した事をやる為の手助けをしなければならないので、介護の仕事が一年半程度の私にはまだちょっと難しい。
つい「推測」しちゃう(笑)

私には認知症のみならず、精神的な問題行動の理由の一つに、「こうはなりたくない」という、その人がこだわっている老化の象徴のような行動が関係している気がするのよね。
それはその人が若い頃に培った価値観でプライドでもある。

老化で何かが出来なくなって嘆く事は沢山あれど、自分の精神までダメージを受けるコト。
「排泄」の失敗、これが一番かな。
特に「綺麗」で「清潔」を価値感の基礎とされてきた女性は、結局それで自分が縛られちゃう人の割合が多い気がする。
それを認めたくなくて、精神的な問題行動に強く表れるのよね。

排泄に関する問題行動・・・と言っても、介護現場を知らない人には分かり難いですよね。
例えば・・・排泄物(便)を隠す為、本人はふき取ってるつもりでそこら中に擦り付けたり、ゴミ箱に捨てたりして被害を広げます(不潔行為と言われる行動)
またはどうしても認めたくなくて、オムツやリハパンを交換する時、狂暴と言える程人格が変わります。
潔癖症が関係するのか、居室(ベッド)→トイレ→手洗いの無限ループとなる人もいます。
動けなくなってもリハパンで排尿するのがどうしても嫌なのか、ベッド上でリハパンを脱いで排尿します。


社会全体が動物的な人類から、「清潔、糞尿の匂いとは無関係の生活」へと移行しているから、この問題行動は今後も増える事はあっても減ることが無いんじゃないだろうか。
「こうはなりたくない」という強い思いは、いずれ自分をガンジガラメにするかも。


自分が老化したら、リハパン(パンツ型紙オムツ)で排泄が出来て、それを他人に始末して貰って、卑屈になること無く平常心で「ありがとうね」と言えること。
実際に介護現場にいる私の、目指すところです。
介護を仕事にしてると、高齢者の排泄の始末は、数か月もあれば平常心で出来るようになります。
でも、自分が老化した時、認知症でも認知症でなくとも平常心でいられるのか・・・排泄の問題行動をおこさないようにするのは、かなり難しい心の修行です。
排泄のコントロールが出来なくなった自分の老化を受け止め、排泄は生きている限り当たり前の事であるから恥ずかしく無いと悟り、排泄に関するプライドを捨てる・・・なんと高い壁でしょう^^;


まだまだ続く…かもですが、少し間が空くかも。




マダムも人間 | trackback(0) | comment(5) |


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comment











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^^ 

失うことは自由になること~確かにそうだと思います。失うことはどんなことであれ。哀しいものです。嫌なものです。しかし逆から見れば。失ったものに対して。固執せずに済みますし。そのぶん解放される面も生じるわけです。そう言えば。お釈迦様も似たようなことを言われたような?気がします。マダムもいよいよ悟りの境地へ向かっておられるようですね^^ 

排泄に関して~以前勤めていたGHで。自分が担当していた入居者の方が。尿失禁が多くなり。紙オムツを検討することになった時に。主任が最後まで反対したんですね。というのも紙オムツにすると。認知症の進行を早めてしまうから。ということだったんです。で。結局失禁が余りにも酷くなったので。パンツから紙オムツにしたんですけど。本当にガクンとレベルダウンされてしまわれたんです。以前までは「美空ひばり」のビデオに興味を示されていたのに。まるで無関心になったりと。目に見えて進行してしまったんですね。

GHの役目のひとつに認知症の進行をできるだけ抑えるというのがあります。しかし頻繁に尿失禁となると。紙オムツにせざるおえないわけです。現実と理想は得てして相反するものですが。スタッフもその辺りの矛盾と。どう対処・向き合うか?ジレンマの繰り返しですね。

2014/07/18 02:18 | waravino [ 編集 ]


 

「失うことは自由になること」私も負け惜しみが入っているにしろ、そのとおりだと思います。スーツケースで生活し始めて、なんと7か月目に入りました(爆)それがですねーーあまり困らないんですよ。ちょこっと困ることはあるけど、何とかなるし、整頓しづらいという難点はありますが・・・物が少ない事自体はあまり困らないようです。これだけ失ったついでに、こうして旅行までできちゃってるし(笑)
排泄かぁーー 確かに排泄はじめ、汚い部分を表に出さない社会ですよねーー 老いもそうだし。私はもらしそうな悪夢をときどき見るので、ボケたら隠す老人になるかも〜〜  これからイランで外便所やら、あまりきれいじゃないご不浄などで、訓練してきますーー フランクフルトでテヘラン便を待ち中のボーダより

2014/07/19 20:17 | ボーダ [ 編集 ]


コメントをいつもありがとうございます♪ 

<waravino様>

悟りの境地?
あはは。
サの字も見えない程、まだまだ遠いです^^;

認知症のレベルダウンは、中々難しいですね。
リハパンやオムツでレベルダウンすることは、良く言われますが・・丁度その時に認知症が進んでる・・・という事もありますし、精神的な薬の合う、合わないも多いような気がします。

前出のSさんは、止まらない徘徊で転倒が怖い為、薬を試用したら劇的に効いてしまい、徘徊は止まったけれど表情も無くなりました。
今、薬の調節中で、人間らしい表情も少しづつ戻って来たみたい。
ただ、こうなると転倒が怖くて夜間も目を離せず、介護者は常に注意が必要になります。

他の利用者さんのいる施設では、マンツーマンは不可能ですし。
転倒は骨折→寝たきりにも移行しますし、それもまたレベルダウンに拍車をかける。
人間の尊厳と、見守りの不可能な部分。
ご家族には理解して戴かないと困るのだけれど、理解するには難しい課題ですね。

まだまだ勉強中~^^;



<ボーダ様>

もうイランについたかな?
お疲れ様です。
ボーダさんのブログを読んで・・・ああ・・・そうなんだと思う事が一つ。
「目的地へ向かっている時が安心できる」という事。
この感覚は私には無かったと思った!
私にとって「目的地に向かう時間」は、言わばロストタイム。
日常と目的の間のメンドクサイ時間。
但し、仕方ないのでそれなりに我慢も楽しみもあるけれど。

すごいわ~
だからこそ、より自由な生活が出来るんだな~
目からウロコです。

砂漠生活も修行も楽しんで下さいね。
うふふ。
砂漠人さんによろしく~
どんな風か早く知りたいので、砂漠からもアクセスできますように。

2014/07/20 12:21 | [ 編集 ]


 

介護で一番大変なのは、する方もされる方もやはり排泄にまつわることなんでしょうね・・・。

家の近所にいたひどい認知症のお祖母さんの家から、「クソを壁になすりつけるんじゃない!」って怒声が毎日のように聞こえてて・・・怒鳴っているのは、普段は物静かで県のお偉いさんだった男性。
家を建てる時も、まだそんなにボケてなかったそのお祖母さん(母親)を連れて、現場を見に来ていたのに・・・来るところまで来ると、人格変わっちゃうんだろうな。

隣りのお婆ちゃんも、「下の世話だけには絶対なりたくない」と言って、一人で頑張ってるし・・・私も手術後それだけは嫌だと思った(幸い、ならずに済んだが)。
でも、この問題は終わりがないんだろうなぁとも。

ただ、今は紙おむつとかのおかげで、介護側は楽になったんじゃ?
祖母の頃は、布おむつで(祖母は下半身不随でした。ボケてないだけ気の毒だった)、それを隠すように風呂場へ這って行って、たらいで洗っていた祖母の姿を思い出します・・・干すのを手伝った覚えがありますが、子供心に同情心と「ああなりたくない」と言う気持ちが入り混じってましたねぇ・・・。

2014/07/20 13:08 | とんがりねずみ [ 編集 ]


コメントをいつもありがとうございます♪ 

<とんがりねずみ様>

そうなのよね。
認知症が軽い内の方が、不潔行為が多くなるかもしれません。
まだまだ、自分の「失ったモノ」を、認める事が出来ないのかも。

「下の世話だけは、絶対なりたくない」って、多くの高齢者が若いうちから、絶対と言っていいほど思う事だと思うの。
でも、人間の身体(動物すべて?)は老化すれば、排泄のコントロールも出来なくなるのが当たり前なんだわ。
それを否定するには、そうなる前に死ぬ事しかないのよね。
もし生きてたら・・・自殺しろって話になってしまう。
「絶対~ない!」という強い思いは、場合によっては老化を遅らす事にもなるだろうけれど、多くは「自分を否定する」という事につながると思うのよ。

人々が若い内から「排泄のコントロールが出来なくなった自分」を想像して認めてあげる事が、世間が高齢者を本当の意味で受け入れる事なんじゃないかしら・・・って、思う。

リハパンが進化して、介護者は楽になったと思うよ。
でもね、waravinoさんもコメントで書いてるけど、失禁が一日一回程度じゃ、リハパン着用はしないんだ、今のグループホームなら。
・・・他施設は知らないので、何とも言えない。
なぜならば・・・リハパンにするとレベルダウンをしてしまうから。
もしくは、するんじゃないかと思われているから。
リハパンは「下の世話」を実感させる事なのかもしれない。
リハパンじゃなければ、失敗したことも忘れちゃうからね、ダメージが少ない?

>子供心に同情心と「ああなりたくない」と言う気持ちが入り混じってましたねぇ・・・。
それを「おばあちゃん、頑張ってたよな~」という気持ちに変換は無理かしら・・・やっぱり^^;

2014/07/22 23:50 | [ 編集 ]


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