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2008/02/22 (Fri) オタクのはしり

ヲタがまだオタクだった頃‥

マダムは中学生の時から、まんが家になりたかったのです。
高校生でアニメブーム到来。もちろん乗っかりましたがなぁ~
大学進学を勧める両親に「大学は勉強したい人が行くところ。私が行っても無駄だから」と逆説教をしつつ、「アニメーターなら一定収入があるから」と嘘をこきつつ、なんとか説得。あの頃はさほど多くなかった、専門学校のアニメーション科に入学。その後、級友のあまりのオタク+子供っぽさになじめず、グラフィック科に転籍。
ま、専門学校に入って、まともに卒業するのは半分以下の時代、その他大勢と同様に、遊び過ぎて卒業していません。言い訳ですが、専門学校の宿題の量は半端じゃあ無いんです。もともと、A型で、描くことに手を抜けない性格、宿題がこなし切れなかったのも原因。でも、デザインは芸術では無いので、決められた期間に仕事を、要領良く仕上げないとダメなんです。才能の無さがつくづくわかりました。

バイトは学生か主婦に決まっていた時代。フリーターという言葉も存在せず、学校卒業(実際は卒業してないケドね)と同時に就職するのが当然。新聞広告の求人広告にて、吉祥寺にある小さなアニメーションスタジオに就職しました。
逆にアニメーション科卒業の級友達は、あまりの給与の安さに、アニメーションを離れ、他の就職をした人が多かったようです。
マダムも1年後には実家の事情で、帰郷予定だった為、1年間だけ自由にさせて貰う約束。先が決まっていたんで、給与が安くってもいいかなぁって‥適当だったんです。

仕事は彩色。透き通ったセル画に色を塗る仕事。但し、彩色はアニメーターとは言えないんです。アニメーターは動画まで。動画は供給過多で彩色の給料の半分くらいでした(月4万だって)
でも、面白かったですよー。毎日終電に間に合えば上等。もちろん風呂付のアパートなんか住めない給料なんで、女の子なのに、お風呂に入れないのが1週間ってザラなんです。銭湯の開いている時間に帰れないから。徹夜で仕事をするのもしばしば。床のストーブの周りに、コートを着たままゴロ寝で仮眠。
下請けの弱小スタジオだったんで、飛び込みが多く、日曜日に塗ってたものが、水曜に放送なんてのもありました。進行と呼ばれる運び人が待っていて、ドライヤーで乾かしたモノを大急ぎで届けたり。ヤマト第2シリーズ、爆発シーンの煙が一瞬止まったのは、私の責任でした。進行が行ってから、1枚残ってたんです、塗ったセル画が。諦めて知らん振りしときました。
面白くって、充実した1年でしたが、それ以上は体が持たなかったかも‥経済的にもきつかったな~一日食費が50円だったりして。下から照らしている蛍光灯のせいで、視力は非常に落ち、TVすら見られない生活でしたが‥

今では彩色も無くなり、コンピュターで色を付けるのでしょうか?ちょっと淋しい。
結局、子供が出来た為、実家にも帰らないのに、やはり1年間で仕事を辞める形になりました。
あらっ?出来ちゃった婚もハシリだったかしら‥

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