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2014/08/03 (Sun) 介護現場から~尊厳と自尊心とプライド③

タイトルの「介護現場から~」というのは、嘘ではないですが、実はとても狭い範囲となります。
なぜならば・・・私は今働いてる職場以外に「介護現場」を知らないから。

私の働いているのは「小規模多機能型」の施設のグループホーム。
ご存じの方も多いと思いますが、高齢者のグループホームとは、認知症の方々が共同生活をする場所で、介護者はその手伝いをする為にいるわけです。
認知症の軽いグループでは、皆が仕切りたがり、仕切られるのを嫌がり、家事は手伝いたいけれど手伝わされるのは嫌・・・という、まだまだ生臭い争いがありますし、認知度が低くなると・・・やっぱり仕切られるのを嫌がり、家事を手伝うのは面倒だし、手伝わされるのは嫌という(笑)
ま、人間の基本「自分本位」に限りなく近づくのは、集団の中では良くあること。

介護者側の思いも様々・・・グループホームは認知症リハビリの為でもあるから、自分の事は自分でするのが前提とする人、作業効率が一番として面倒だからやっちゃう人。
私は・・・実は本人が嫌がっている、もしくはもう難しいのにやっていただく事にはあまり意義を感じない。
なぜならば・・・自分が逆の立場になったら、出来るだけ楽に快適に暮らしたいからなの。
私自身は外に出ない限り、朝から着替えもしないで過ごしてる。
でも施設に入ったら、毎日朝と夜、着替えなくっちゃいけないのよ^^;
ご飯作りの手伝いもしなくちゃいけないし、お風呂も3日に一回は入らなくっちゃいけない・・・自分が望んで入った訳じゃないのに。
高齢者になってからの家事は、本人がやる気であればやって貰って、やる気が無ければやらなくてもいいんじゃないかと思うのだけれど、それは正しくないようで。
正しくは、出来る限りやって貰う事が認知症の進行を遅らせるようで・・・
人の分まで家事をやりたがる方には自分の分だけやるように、自分の分もやりたがらない人にはやってもらうように仕向けるわけです。
それがどのくらい認知症の進行を遅らせるのか、遅らせる事によってどのくらい介護費用や医療費がかからなくなるのか、そしてそれが高齢者にとって幸せな事なのか、「やりたがる人にやりたがらない人の分までやってもらっちゃえばいいじゃん」と思っちゃう私には、正直未だもって良くわからんのよ。

施設にいても80歳も過ぎて高齢になったら、好きな味付けの好きなモノを食べて、もし病気になったら無駄な手術や大げさな治療は諦めて、管を付けるのは尿管くらいのなるべく普通に近い暮らしが出来て、痛みだけ取り除いてもらって、食べられなくなったら諦めて・・・というのはやっぱりダメかしらね。

自由気ままな独居、家族とずっと同居していた方はそのままあの世に行けるのが一番よね。
親も自分も。
だけど・・・認知症やその他の病気になって、生活そのものが不可能になったら・・・
先の事なんてまだ考えられない、考えたってどうしようもない、なるようにしかならない・・・なんて思っている人も多いと思う。
実際に介護中の方だって、目の前の高齢者と自分の将来は切り離して考えていると思う。
いや、介護中の大変な時だからこそ、被介護者と自分を重ねる事は出来ないでしょう。

いずれ介護しなければならない家族がいる場合、自分が高齢になった時、又は終末期にはどうしたいか。
もちろん答えは一つじゃないし、すぐに結論は出ないと思うけど、答えを人任せにしない事が一番大事なのではないだろうか。

自分に何が出来るか・・・残念ながら私は自分の親の時は、自分に何が出来るかなんて、考えた事も無かった。
親が早くに逝ってしまった事もあるし、嫁いでしまった末子だという事もあって、出来なかったんじゃなく、するつもりが無かったんだと思う。
その分義両親の時は真剣に考えたかったけど、私の元ダンさんは、自分の親の事なのに考えるのをとても嫌がった。
その時になったらどうにかなるさ・・と、自分の思った通りに家族が動いてくれるだろうと・・・それは楽観的というより責任転嫁だと思うけれど、それは男の人に多い?
道義的な道を選びたいけれど、ババはひきたくないし、自分自身(嫁は別)が面倒を背負込むのは嫌なのよね。
きっと自分の事も「野垂れ死に」なんて格好をつけた「人任せ」に違いない(笑)

男性の平均寿命も80歳を超えたようで・・・そろそろ男性も真剣に介護と自分の終末期を考える時代になっている。
奥さんに介護が必要になったら?
奥さんに先立たれたら?
熟年離婚をして一人になったら?
考えたくないけど、考えとこう(笑)
自宅介護と施設介護。
子供任せはダメだからね・・・と言うよりアテにするのは難しいのよ。

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2014/08/17 (Sun) 介護現場から~尊厳と自尊心とプライド④

遅々として進まないこのテーマ(笑)
その上、夏休みを挟みながら(サボリながら)チョボチョボと進めております。
・・・飽きた?
あはは。私も。
でもテーマを作ったからには、一応まとめる努力をしよう。
ガンバレ!私。

さて、自宅介護と施設介護についてですが・・・
私は施設介護を否定してるわけではありません。
私本人の、出来るだけ好き勝手に暮らしたい・・・という自然な欲求(エゴとも言う?)では、不自由な施設よりは気ままな自宅で生活する事を望みますが、それが難しい事は充分に分かっているつもりです。

自宅介護を一番困難にするのは、やはり排泄の問題行動かと思います。
認知症でなくても、排泄はコントロールできなくなりますし、排泄以外でも高齢者の独特な不潔感覚は、若い世代の方達には耐えられないでしょう。
高齢者にとっては「不潔」じゃないんだけどね。
例えば・・・服は洗ったら痛むから洗いたがらない。
服は一回着たら洗濯するものと思っているアナタ、3日に一回のお風呂でも脱いだ服を洗いたがらない気持ち、理解できないでしょう?
私は潔癖症だから高齢になってもその点は大丈夫かも?と思ってるアナタ、潔癖症は他人のみに作動するのかも。
自分のモノは汚くないから、使った食器を水でさっと流しただけで水切りカゴに入れたりする。
その癖、自分ルールは人に押し付ける。
もしかして認知症ではない高齢者でも、同じかもしれない。
一緒に暮らすには、案外そういった小さな価値観の違い・・・特に不潔感って決定的な破たんかも。

もしこれから、自宅で高齢者の介護をするつもりの方がいたら・・・
アドバイスとしては、被介護者の台所とトイレは別になってる方が良いのではないのかと思います。
離れや二世帯住宅のような形態であれば、自宅介護も可能かも。
自分のテリトリーは自分の清潔感覚が保てる・・・これが、きっと心のテリトリーと平和を守る事。
そうしたら相手のテリトリーでは、高齢者を理解する努力が出来るかも。

介護施設では、排泄の介助や始末は日常です。
それでも嫌にならないのは、仕事だからっていうより、自分の生活とは違う場所ってところじゃないかな。

離れや二世帯住宅の形態が、物理的、心理的に難しかったら、無理をせず施設介護を選びましょう。
身体介護や生活介護はプロの介護者に任せて、家族は心の介護を試みませんか?
施設に入所させる事が「姥捨て山」とは決して思わず、施設を高齢者の自宅と思ったらいかがでしょうか?
面会に行くと「迎えに来てくれたの?」と、帰り支度をする親を見るのがつらいこともあるでしょう。
認知症が進んだら、家族の顔も名前も忘れてしまって、よそよそしい感じもするでしょう。
一緒の時間をすぐに忘れてしまっても、とても大切な時間であると思ってます。
施設で間が持たなかったら、外食でも散歩でも喫茶店に入るでも・・・外出して楽しい時間を過ごして下さい。
施設では、どうしても介護者が足りなくて外出が頻繁にできませんしね。

施設は病院では無いので、泊まりじゃなければ、少しくらいの急な外出も大丈夫ですよ、きっと。
(・・・一応利用施設に確認して下さいね)

う~ん。
ばぁちゃん家は、独特の臭いがするかも・・・(笑)
でも嫌がらないで^^
施設は高齢者のテリトリーですから、臭いや他の利用者様も含めて、不潔感も丸ごと・・・理解や受け入れる努力もしてみてください。
もし受け入れられなくっても、顔や言葉や態度に出さない努力だけはして欲しいと思ってます。
私達介護者は、そこで仕事をしております。
病院にお見舞いに行ったりするとき「俺、病院の匂いってダメなんだよな」という言葉を良く聞きますが、好きな人はいませんから・・・黙ってなさい(笑)
施設も同じよ。

私は高齢者を介護施設に入れる事が、家族として恥ずかしいとは思いません。
認知症の高齢者が家庭にいたら・・・「家庭崩壊」だよな~と思う事柄って、実際に沢山ありますもの。
ただ・・・ちょっと嫌だな~と思うのは、施設に入ったからと、自分達の日常と切り離してしまう事。
・・・微妙な事なので、上手く伝わるか心配なのですが^^;
施設で働く前の自分を含めて、多くの方達が心に線引きをしてるんじゃないかしら?

今、高齢者を抱える方達が見てきた高齢者の終末期って、「病院」だったんじゃないかと思う。
主に老人病院と呼ばれ、何もかもドクターにお任せして、家族の義務を十分に果たしたと満足できる場所。
だから医療に関係ない施設に入れると、家族の義務を放棄したように思えるし、施設というだけで日常ではないような気がしてしまう。
施設に入れる罪悪感で、ギリギリまで自宅介護で無理をしちゃうと、逆に顔も見たくないって思っちゃうかもしれないし。

もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないだろうか。

高齢者が施設に入ったら・・・ばあちゃんはちょっと安全な場所に引っ越し出来た・・くらいの感覚で、一か月に一回くらいは、ドレ顔を見に行ってやろうか、どこか食べに連れていってあげようか・・って家族が気軽に思えたらいいな。^^


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2014/08/28 (Thu) 介護現場から~尊厳と自尊心とプライド⑤

今巷では有料老人ホームの乱立時代。
そしてそれは今からほぼ10年後、団塊の世代がいよいよ後期高齢者になる、高齢者人口の増加を見込んだ市場の競争を意味します。
だから、高齢者施設と言えどピンキリ、一昔前と違って色んな特色を打ち出して来ている。
もし、お金さえあれば、選り取りみどり・・・かなり選べるようになってきていると思います。
一昔前は、医療行為に対応出来る施設は限られたモノでしたが、今は胃瘻などにも対応できる施設もあるようで。
・・・・私も詳しくないけれど^^;
医者や看護士が常駐しているのがポイントでしょうか。

実は介護保険も変わってきて、看取りまで出来ないと収入が減ってしまい、施設運用が難しくなる・・・という面もあるようで。
介護度の軽い場合の介護報酬を、エラク減らしたらしいです。
国はね、医療費を減らしたいのよね。
だから介護保険で終末期まで対応したい。
いずれは、介護保険徴収年齢の引き下げや徴収額の引き上げで、介護保険の増額に対応するのが容易だから・・・ってより、それで対応するしかないから・・・かな?

でも現在はまだまだ、家族が雰囲気を好ましく感じて入居を決めた施設でも、いよいよとなったらいられない所もあるので、気を付けて下さいね。
医療対応できない施設で最期を迎えるには、徘徊しない、他の入居者に暴言暴力を振るわない、胃ろうや呼吸器対応にしない・・・など、限られた状態になるんじゃないかと思います。


高齢者になると「いつお迎えが来ても・・・」と、口では言うのよ。
でもね、いつ・・・は、今日や明日じゃないのよね。
ずっと先の「いつ」なのよ。
だから入浴を非常に怖がる人もいる。

動物って、どんな状態でも生きようとすると思う。
それがとてもシンプルで、「生」に感嘆することでもある。
人間もさすが動物、やっぱり本能は「生」に真摯なのよね。
高齢になっても、いや、高齢になればなるほど「生」を求めるんじゃないだろうか。
今、私の年齢的に「死」はまだ遠いから、もし高齢になったらば自然な「死」を希望する。
自然て何だよ?って話になるけれど、様々な病気になったとしても、特に手術等しないで生活の延長としての死。
でもさ、実際に高齢者になったら変わるかもしれないよ。
手術でも、胃ろうでも、経管栄養でもなんでもして、生きたいと思う方が自然なのかも・・・と、思う事もあるのだけれど。
「どんな状況でも生きたいと思う」のがシンプルな思いだとしても、人間は医療という、シンプルとかけ離れた道具を持ってしまったから、やっぱり乱用はしたくない。
・・・ここまで突き詰めると、色んな意見がありそうだけど(笑)

お金が無いと・・・施設を選ぶことは出来ないと思うけれど、それなりに自然な死は迎えられるかもしれない・・・という、皮肉な結果はある(笑)
扱いの酷い施設・・・は、あるかもしれないけれど、私はまだ知らないわ^^;
私のグループホームでは、利用者さんはかなり愛されていると思います。

「尊厳」は、本当に難しい。
タイトルの尊厳と自尊心とプライド・・・実はネットで検索しても、この三つの言葉の確固たる意味の違いって無いのよね。
それぞれが勝手にニュアンスとしてイメージして、勝手に分類しているんじゃないかな。
私的には 尊厳>自尊心=プライド だけれど(笑)皆さんはいかがでしょうか?

介護も同じようなモノかもしれない。
身近になるまではイメージしかわからない。
介護からかけ離れた人は理想化するし、介護が身近になったら色んな出来事にアタフタして、取り敢えず社会のテンプレにはめるしかない。
それが悪いわけじゃないけれど、自分の為にも、どんどん進む介護業界や終末期医療を、常に身近に学ぶ意識は必要かも。
いらないのは「家族のプライド」?
ご近所や親せきに何を言われるかわからない・・・な~んてちっとも思わなくて良いと思う。
そして「施設に入れられて可哀想」なんて、自分の昔思ったイメージにも縛られなくても良いと思う^^

私の今の知識や経験では、このくらいしかまとめられないけれど(まとまってない?)又思う事があったら、そっとシリーズを追加しようと思ってます(笑)


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